羽子板の歴史

羽子板は女の子の節句には欠かせない縁起物の一つになっていますが、元々は江戸時代以前から子供の厄をはらう道具で、正月の儀式をする縁起物の一つだったようです。下の写真は京都にある藤原定家の子孫冷泉家に伝わる羽子板で、羽子板の大きさや形は、現在とさほど変わりませんが意匠が金箔を施してあったり、凹凸があったり、源氏物語風の絵が描かれたりして、厄払いの道具から進化して衣装を凝らした豪華な遊戯具になっています。

京都冷泉家に伝わる左義長羽子板とカルタ

みかわ工房は、この羽子板を展覧会で見たときから、この手描き羽子板の様式を復元することに挑戦し、数年後にはほぼ同じ物を再現できるようになりました。

みかわ工房で京風の羽子板の復元に取り組んだものです。

羽子板の復元で難しいのは、板を羽子板の形にすることが出来ても、上下につけられた雲形や、青海波などの文様を如何にしたら羽子板の局面につけることが出来るか、その表面に金箔を均一に貼ることなどが難しい課題でした。

みかわ工房の下地を施した羽子板の表面に金箔仕上げをしているところです。

最終的に金箔を貼った羽子板の表には絵の具で書いていきますが、金箔という金属の輝く色とのバランスをとりながら色彩をおいてゆくのは大変です。

金箔仕上げの羽子板に源氏物語の桐壺のシーンを手書きしています。

羽子板の注文は、電話やメールで受け取り、題材や絵の中に付け加えてほしい絵柄などをしっかりと確認してから、1〜2週間の期間で完成します。

みかわ工房の源氏物語羽子板「紅葉賀」のシーンです。

完成した羽子板は、大きいサイズの羽子板は、下の桐箱に納めて、小さいサイズの羽子板は、専用の袋に入れてお送りしています。

みかわ工房の手描き彩色の羽子板を入れる桐箱です。

高価な物ですが、素材が木材と金箔で仕上げていますから、数十年の風雨にも耐えてお子様が末永くお持ちいただくことの出来る宝物だと自負しています。羽子板の見本帳から気に入った物をお選びいただき、描く内容を納得がいくまで話し合ってお届けしたいと思います。

 

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