熊本の震災ボランティアに参加2日目(御船町)

2日目は昨日と打ってかわって、雨です。私たちがいる御船高校前の広場は、2〜3年前に作った町民広場だったらしいのですが、現在このようなテント広場になっています。成り行きはこの町内に住む広瀬さんが震災直後に「避難所には収まりきれない問題を抱えた人がいる、(ペットや子供、老人など)ことを直感し、役場に話してこの場所を借りて、テントは口コミでパタゴニアやコールマンジャパンが協力して送ってくれたそうです。この状態に奈良から飛んできた星野さんという青年が、ただそのまま地面にテントを張ったのではと言うことで、このように下地の床を作ってしっかりと固定されたすばらしい被災者用のテント村を作っています。

御船町のテント村は、床をあげた立派な物です。

ところが、1ヶ月たった最近になって御船町がこの公園に被災者の【仮設住宅】を作る為に、すばらしいテント村を隣の土地に移動して欲しいという依頼が来たそうで、この2日間(6月4,5日)ですべて片付けると言うことだそうです。

私の今回のボランティアは昨日で終えたと思っていたのですが、このテント村の立案者の広瀬さんが仕事で午前中いない為、カヌー仲間の私に移動の指揮を執って欲しいと言うことで、急きょボランティアメンバーと話し合い。

幸い人数が午前9時には20名ほどになったので、全員で床ごと抱え上げて見ることにしました。すると意外に動いたので、このまま隣地まで運ぶことに、、、、

テントを床ごと15人ほどで運びます。

すると、社会福祉協議会から派遣されたボランティアの方たちが20名近くやって来て、「協力してくれますか?」に「その為に来ました」感激,感謝。

直ぐに、3班に分かれて1班15名と、2班15名は、テントと床を一緒に持ち上げて隣地のフェンスまで抱えて運ぶ。残り1班が15名で隣地でテントをフェンス越しに受け取り隣地に設置。

この作業を繰り返して

これが隣地で待ち構えていたグループが、フェンス越しにテントを受け取ってそのまま移動地に運び設置します。

この作業は、9時から始めて10時過ぎには目標の15張り近くを移動して終了。今度は降りしきる雨の中で、傷んだテントステージを解体してこれもすべて隣地に移動。これがしんどい作業でしたが、ボランティアの皆さんは女性、男性の差無く黙々と運んでおられました。2人で運ぶ際に「どこからですか」と聞くと、「舞鶴市からです」とか「静岡」「佐賀」「河内長野」とどんどん出てきます。

テントのステージを解体運搬しています。

昼には、大体の目標まで達成したので長めに休憩。応援ボランティアから届いたおにぎりなどを食べて午後の仕事スタート。

午後は、午前中のステージの解体と、テントに入っている救援物資の運び出し、公園内の清掃。などをリーダーの指示に従って次々に行いました。そして、2時半頃に今日の作業を終了し、参加者全員の簡単な紹介をしてもらって、終了しました。

この日のテント村移動に参加された方々です。

皆さん、やり終えただけに満足顔をされています。中央オレンジが発起人の広瀬さん、その右が現場リーダーの星野さんです。話は聞けば聞くほど普通では考えられない実行力と、行動をされている方々ばかりでした。まだまだ、皆さんが参加するボランティアの場はありますから、良かったら参加されてみませんか。御船町社会福祉協議会ホームページ

私も、次の機会にはまた違った形で参加したいと思いました。

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